タイトル一覧
老人と少年
年をとった男が釣り竿を構えて水面をぼんやりと眺めている。
t2
水面は静かに、無造作にゆられている。
それを眺めている老人の意識はどこかへ遠のいて行く。
ayoan
流れる水、風。
大小様々な石。
草木。
それらに溶け込んで行く老人の意識。
微かに残っている老人の意識が
「この感覚だ。」
と呟く。
t2
残った最後の意識をこのまま自然の中へゆだてみようと思った瞬間、老人は軽く握っていた釣竿からの振動を身体全体で感じ、我に返った。
ayoan
魚が餌に食いついて糸が竿をビクビクと揺らしている。
少し腕に力をいれて竿を持ち上げれば釣ることが出来ると老人はわかっていた。
しかし腕は動かずに魚は糸を切って川底に潜っていく。
t2
しばらくするとカラダの神経は目覚め、老人は竿を静かに横へ置く。
予備の釣糸をカバンから取り出し釣針を先にくくりつけ、ワームを針に刺す。
糸を指に巻き、ワームを水の中へ落とし込む。
ワームが水中をゆっくりと沈んで行く感覚が糸を伝って指に届く。
ayoan
確実にゆっくりと流れて行く水の動きを、糸を通して指に感じる老人。
途切れることの無いこの感覚に長く生きてきたんだなという実感を思い知らされて老人は軽く溜息をついた。
t2
突然、水面がポチャンと跳ねた。
横をみると、小さな男の子が石を投げていた。
ayoan
石を投げて水面に落ちる石を見届けてまた石を拾う。
それを繰り返している少年。
t2
少年は石を拾っては投げつつ、川を下り歩く。
そして日が暮れ始める。
ayoan
色が少し黒くなった水面に石を投げたあとまた次の投げる石を探しながら河原を歩く少年。
ふと足下の方をみると、灰色の丸い石たちに混じって一つの白い石を見つける。
立ち止まって白い石を拾いしばらく眺める。
少年は少し迷ったけれどその石を川に投げて暗くなってきた河原を走って行く。
t2
老人は釣り道具を担いで川を下っている。
黒い水面を横に見ながらゆっくりと歩いている。
すると魚が一匹水面から跳ねた。
今日はめずらしく一匹も釣れなかった。
老人は立ち止まり、川辺の石を一つ拾い上げ、川へ放った。
ayoan
光が薄れていって周りが暗くなっていくと共に、川の流れや風に揺らぐ木々の音が濃くなってくる。
水面に当たった放たれた石の音が耳に残る。
老人は聴いた。途切れない音。
ayoan
南極の氷山の一角が崩れて水の中にグググっと、軋む音をたてて沈んでいく光景。
老人の頭には氷山のあちこちで崩れいく氷の映像が流れている。
氷は鮮明な白光を放っているが、背景の空は真っ黒だ。
ayoan
何がこの記憶を呼び起こしたのか。
忘れていた。老人はその事に驚いた。
あの南極の時。
t2