タイトル一覧
穴
男は気がつくと広い大地にいた。
男の少し前に大きな穴が空いていて男はそれを眺めている。
皮膚では感じないが風が吹いている、そんな音がしている。
底の見えない穴を眺めながらまたこの夢かと男は気づく。
ayoan
どうせ夢なら飛び込んでみようと、毎回思うがなかなか勇気が出ない男。
t2
男は穴の淵ギリギリのところまで歩みを進め、足の指が出るところでうまくバランスをとりながら立ち止まった。
恐る恐る下を向く。
恐い。
足がすくんで身動きが取れなくなった男。
ayoan
途端穴が小さくなっていく。
男は安堵する。
大きかった穴が小さくなるにつれその深さも増している。
それがわかる。
細く深く、その圧倒的頼りなさが男を締め付ける。
どんどん小さくなっていく穴。
心臓を掴まれている様な不安感が男を支配する。
t2
病院のベットの上で目を覚ます男。
体が痺れてうまく動かない。
また夢を見た気がする。
相変わらず嫌な匂いの病室だなと男は思う。
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男は早く病院から去りたかった。
この匂いにはもううんざりしていた。
男の手術の日は近づいていた。
ayoan
朝の体温の確認、朝食、医者の検診、昼食、病室に出入りする人間、入浴、夕食、体温の確認。
自分が時間の檻に閉じ込められたかの様に外の時間は倍速で動いている。
それは一瞬とも永遠とも思える。
ふと今はいつでここはどこかわからなくなる感覚が男を包む。
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ふと男は手の甲に眼をやった。
さっきまで張りのあった皮膚が、しわしわになっていた。
腕も張りがなく老人のような見た目と肌触りだった。
顔をしわのついた両掌で触ってみる。
男はいつのまにこんなに老けたんだと思った。
ayoan
男は筋肉の落ちた細い足を動かし歩く。
自分で歩いている気がしない。
田舎の道を歩いていてここは知っているぞと男は思う。
育った町。
この道を行くと小学校がある。ここを曲がれば、そうだ自分の家がある。
男は自分の家の形をうまく思い出せなかった。
気持ちがはやる。
角を曲がり自分の家の前に出る。
大きな穴の前に立つ老人。
ayoan
穴の重力は老人をひっぱった。
重力に逆らえず、老人は穴の中に吸い込まれてしまった。
ayoan
男の感覚を超えた速度で吸い込まれた肉体は量子レベルまで分解され真っ黒な空間に広がって行く。
しかし意識は逆にゆっくりと肉体の分離を見守る。
そこには痛みも恐怖も理解もなかった。
広がった男の肉体は闇に溶け込みそれを見守る意識も次第に薄れて穴は閉じた。
ayoan
分解され暗闇へ飛散した男の生命はその他の生命と混じり合った。
ayoan
男は妙な感覚と共に意識を取り戻した。
それが肉体に戻ってきたのだとわかるのにもしばらくかかり、わかってからも目の開け方も忘れてしまっていた。
肉体は男の意思とは関係なく呼吸し、空気を肺に送り込む。
肺は酸素を取り込み血液に溶かす。血液は心臓によって勢いよく体の隅まで運んで行く。
ayoan
男は自分の体を隅々まで観察しその機能と構造、それらを形作る細胞の繋がりと動かす分子レベルのエネルギーに触れた。
男はゆっくりと目を開ける。
ayoan