タイトル一覧
空は青かった
まだあの頃、空はまだ青かったんだ。
ayoan
祖父が子供の頃に世界的に流行した角膜ヘルペス。
視覚を失うのを防いだワクチンは後遺症として人類から色を奪った。
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あの頃の世界は色彩豊かで美しかった。エネルギーに満ちあふれていたと、祖父はよく懐かしんでいた。
ayoan
絵描きだった祖父の話が私は好きだった。
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『色』というものを知らない私にとって、祖父が話してくれる世界の描写は、今よりもっと複雑だった。
ayoan
使われなくなった祖父のアトリエに並べられた明暗だけで描かれている絵画たちを眺めながら祖父の見ていた色のある世界を想う。
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「昔は今より人間の感情が豊かだった。いまは人々から笑顔が減ったんだ。まあそれでも悲しみもその分減ったのかもな。」そう祖父から聞かされていた。色のある世界では血は「赤い」らしい。空の色とはまったく違って、熱を帯びた、そういう色らしい。私には、空の色も血の色もわからない。ただ違いは明るいか暗いかだけ。
ayoan
父も母も失色児として産まれたので色を知る肉親は祖父だけだったので祖父から色について沢山話を聞いた。
色の話を私にする祖父を母は良く思っておらずいつも二人で母に怒られていた。母が去ると祖父は私にニッコリ笑いかけまた何がどんな色なのか色を知らない私にわかり易いように話してくれた。
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基本的には赤と青と黄色があればどんな色でも作れるらしい。色の三原色と言って混ぜるといろんな色ができる。白と黒の絵の具があれば明るい色、暗い色ができる。例えば黄色と青を同等に混ぜると緑という色ができるらしい。
祖父は庭の花を指してあれはオレンジ、あれはピンク、あれは紫と教えてくれた。
私には明暗の違いはあれど、花は白っぽいか黒っぽいかしかない。
ayoan
アトリエの絵画たちの中に祖父が私の為に描いてくれた絵が沢山ある。
アトリエから見える風景の絵や私の顔の絵がほとんどでその絵には対象物の部分部分に細かい文字で何色かが書かれている。
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所々に色が示された私の顔は、まるで世界地図のようだ。
ayoan
絵画の中には、鏡でみる自分のように写実に描かれたものもあるし、ほぼ顔とわからないような抽象的な画もある。
ayoan
祖父の机の上に置いてある安物のCDプレーヤーを再生させていつも祖父が聞いていた曲を流す。
I see trees of green, red roses too
I see them bloom for me and you
And I think to myself, “What a wonderful world”
祖父が亡くなって簡素な通夜と葬式を終えてから1週間ぐらい経つが実感も持てずフワフワとしていた感情がグッと張り詰めて胸を締め付ける。
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祖父のアトリエの椅子に腰かけて昔を懐かしんだ。置いてあった画用紙と鉛筆を手に取り、祖父の笑った顔を思い出しながら年老いて皺くちゃな彼の顔を描いた。悲しくて涙が溢れ、描き途中の祖父の顔は滲んでしまった。
ayoan